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【週末イッキ読み推奨】月の上で孤独な粘菌が宇宙飛行士と出会う「衛星の夜」、丘の上の戦闘機をめぐる不思議な冒険「夏休みの町」……シンプルな絵で描かれる穏やかな物語が、心の奥底に眠っている感情を呼び起こす、町田洋先生の2冊の短編集『惑星9の休日』『夜とコンクリート』は絶対に絶対に読むべきです!

 

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町田洋『惑星9の休日』(祥伝社)より

イッキ読み推奨、と記事タイトルに銘打っていますが、本日ご紹介するのはたった2冊だけです。なぜなら、2013年に出版された『惑星9の休日』と、2014年に出版された『夜とコンクリート』……町田洋先生の単行本はこの2冊しか無いからです。

 

大人にも、子どもにも、漫画をよく読む人にも、そうでない人にも……ありとあらゆる人に薦めたくなるような、素敵な2冊です。どちらの短編集も漫画好きの間ではかなり有名だと思いますので、すでに読まれている方も多いとは思いますが、もし読んでない人がいたら今すぐにチェックして欲しい……そんな気持ちで今日の記事は書きました。

 

 

①『惑星9の休日』(2013年・祥伝社

異例の一冊です。何しろ、無名の新人の初めての単行本が「全作品描き下ろし」の短編集だったのですから。どういう経緯でこの本が出版されることになったのかを筆者は知りません。というか、町田洋先生がどんな人なのか、年齢や性別すらもわかりません。ただひとつはっきりしているのは、この短編集は物凄い傑作だということです。

 

辺境の星・「惑星9(ナイン)」。そこでのんびりと暮らす人々の、ささやかな日常と少しのドラマを描いた8作品が収録された、連作短編集が『惑星9の休日』です。

 

どの作品も素晴らしくて甲乙つけがたいのですが、本日はその中の一作品「衛星の夜」をご紹介します。

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町田洋『惑星9の休日』(祥伝社)より

ある晩、夜空の見える酒場に人々が集まっていました。なぜならその夜は、2つある月のうちの1つが惑星9から離れていくという、歴史的な夜だったからです。

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町田洋『惑星9の休日』(祥伝社)より

俺はあの月に行ったことがある」普段は自分のことを話さない客が、ぽつりと呟いた一言。興味を惹かれたウエイトレスが続きを促すと、彼の口から紡がれたのは信じられないような物語でした。

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町田洋『惑星9の休日』(祥伝社)より

若い頃、宇宙飛行士として月面に到達した彼は、クラック(裂け目)に落ち、身動きが取れなくなっていました。生命維持装置は破損し、衰弱していく一方。仮に地上の誰かが気づいたとしても、救助は間に合いそうにありません。

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町田洋『惑星9の休日』(祥伝社)より

彼が死を覚悟したその時、目の前に現れたのは粘菌でした。粘菌は、生命がいないはずのこの星で、人知れず生きていたたったひとりの生物だったのです。そしてこの粘菌には、触れた相手の体の構造や思考を全て写し取れるという能力がありました……

 

宇宙空間での知的生命体との交流を描いた本作は、ある理由からとても切ない結末を迎えることになります(おそらく、映画『惑星ソラリス』を下敷きにした作品なのだと思うのですが、ストーリー展開はかなり違います)。いまや老人となった彼が、どんな思いでその月を見上げているのか……深い余韻が残る素晴らしい短編です。

 

②『夜とコンクリート』(2014年・祥伝社

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町田洋『夜とコンクリート』(祥伝社)より

『夜とコンクリート』は、第17回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門新人賞を受賞した「夏休みの町」など4作品が収録された短編集です。かなり長い作品もあれば、扉絵も含めて8ページしかない作品もありますが、4作品すべてが傑作と言っていいと思います。

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町田洋『夜とコンクリート』(祥伝社)より

「夏休みの町」は、丘の上で友人たちと花火を見ながらバーベキューをしようとしていた主人公「ソウ君」が、頂上で戦闘機の残骸を発見するところから始まるお話です。

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町田洋『夜とコンクリート』(祥伝社)より

マークなどから「日本のものではない」と考えられるその戦闘機には、いくつか噂があると友人たちは言います。曰く、フランス機だとか、第二次大戦中の戦闘機だが製造記録はないとか、このあたりで人魂を見た人がいるとか……。

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町田洋『夜とコンクリート』(祥伝社)より

それはさておき、丘の上でいい感じに酔っ払い、ボール遊びに興じていたソウ君たち。すると、ボールが茂みの中に居た怪しい老人にぶつかってしまいます。

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町田洋『夜とコンクリート』(祥伝社)より

私に話しかけないでください」冷たくそう言う老人は、何やら怪しげな武器のような物を持っていました。

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町田洋『夜とコンクリート』(祥伝社)より

彼は一体何者なのか……部屋に戻り、推理(?)に興じる彼らのもとを、あの老人が訪ねてきます。「あなたのせいで計画が崩れました 責任はとっていただきたい」そう語る老人の”計画”とは一体何なのか……物語は予想もしないような方向に進んでいき、胸を抉るような衝撃の結末へとたどり着きます。

 

 

 

この記事の中では「衛星の夜」「夏休みの町」の2作品を紹介しましたが、他にも語りたくなるようなすごい短編がたくさんあります。「とある散歩者の夢想」(『惑星9の休日』所収)の中の”ある場面”は、日常生活の中で同じような状況に出くわすたびに絶対に思い出す場面ですし、「」(『惑星9の休日』所収)のラストシーンは地方都市で生まれ育った人間の胸を打つ素晴らしいカラーページです。「青いサイダー」(『夜とコンクリート』所収)の最後のセリフは「私もそうありたい」と思わせるものですし(途中の、目からハイライトが消えるシーンへの共感が強い分なおさらそう思います)、「発泡酒」(『夜とコンクリート』所収)はたった8ページしかないのに激しく心を揺さぶられます

 

色々と語りだすといつまでも記事が終わらなくなってしまいそうなのですが、この2冊は全体を通して「絶対に読むべき短編集」と自信を持って言い切れます。優れた作品とは、往々にして「この作品は、俺のことをわかってくれている」というような錯覚をおぼえさせてくれると思うのですが、こんなにも読者の感情や感覚にフィットする漫画にはめったに出会えないと筆者は思っています(たぶん多くの人がそんな風に思っているんじゃないかと思うのですが)。

 

派手な漫画ではありません。エロ・グロ・バイオレンスは町田洋先生の作品にはありません。しかし、派手な漫画ではないからこそ、老若男女あらゆる人にお薦めできると思うのです。子どもの心でも、大人の心でも楽しめる2冊の作品集……いつでも楽しめる、だからこそ早めに出会って欲しいと感じる、そんな宝石のような2冊です。

惑星9の休日

惑星9の休日

 
夜とコンクリート

夜とコンクリート