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【知られざる名作】『恋は雨上がりのように』や『九龍ジェネリックロマンス』では絶対に読むことができない、もうひとつの”眉月じゅんワールド”を体験してみませんか? 『さよならデイジー 眉月じゅん初期短編集』は、長編作品よりもテーマ性を重視した読みごたえ抜群の一冊です!

 

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

獲ってしまったのです。『九龍ジェネリックロマンス』が、このマンガがすごい!の3位を。『九龍ジェネリックロマンス』は大好きな作品で、YJに第1話が掲載された時から読んでいるので、近日中にこのブログで紹介しようと思っていたのですが……いま記事を書いたらこのマンガがすごいに便乗したと思われそうで何かシャクです!(自意識過剰)

 

というわけで、『九龍ジェネリックロマンス』の記事はしばらく保留にするとして(とはいえ、そのうち書くと思います。好きな作品なので…)、本日は『九龍ジェネリックロマンス』『恋は雨上がりのように』の作者・眉月じゅん先生の初期の作品を集めた短編集『さよならデイジー』をご紹介したいと思います。

 

『さよならデイジー』は非常に読みごたえがあって筆者は個人的に大変好きな一冊です。一方で、老若男女誰にでもお薦めできるタイプの本ではないというか、ちょっと「取り扱い注意」なところもあるので、そのことについても詳しく書いていきますね。

 

 

『さよならデイジー』には、2007年から2017年の間に描かれた6作品が収録されています(ただし、前編・後編に分かれている作品や全3話のシリーズ作品もあるので、それらを1作品としてカウントすると「全10作品収録」とも言えます)。そのうち2作品について、冒頭のあらすじを簡単に紹介します。

 

 

「おやゆびひめ」(2017年・ヤングジャンプ

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

携帯電話ショップに勤める主人公の趣味は、作った料理の写真をSNSに上げること。「いいね」がたくさんつくと嬉しいと感じる彼女は、SNS上ではキラキラな生活を送っているように自分を演出しています。しかし実際のところ、その生活は偽装のもの。SNS上では「恋人との一周年記念ディナー」の写真をアップしますが、実際は恋人とは倦怠期で、一周年記念の日にも部屋にやってこなかったため、彼女は作ったディナーをひとりで食べることになるほどでした。

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

モヤモヤした日々を送っているうち、ある日、隣の部屋に「石膏アート」を作るアーティストの若者が住んでいることを知ります。主人公は全身の石膏像(『考える人』の像のような)のモデルになるのですが、できあがった作品を見た彼女は思わず激怒するのでした……

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

SNSのアカウントと本人との乖離」は、ここ数年では比較的、よくあるテーマかもしれませんが、この短編はとにかく結末がすごいのです。色々あった末、ラスト4ページで想像もつかない終わり方をするのですが……この結末、筆者は個人的に良い意味にも悪い意味にも捉えられるような気がしていて、単純なハッピーエンドにもバッドエンドにもしないぞという意思を感じます。人生にもSNSにも終わりはなかなか来ないので(当たり前ですが)、そういう意味でもリアルな手ざわりが残るなぁと感じる作品でした。色んな人の感想を聞いてみたい作品です(作中で引用されている音楽にも意味があったりしそうですが、筆者にはよくわからなかったりするので……)

 

 

「つなぐ夜」(2014年・Cocohana

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

パチンコ店に勤める女性・ユウキの趣味は、画像掲示板にやや過激な自撮り写真を上げること。自分の写真に何件もレスがつくと嬉しいと感じます。

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

そんなユウキには気になっていることがありました。パチンコ屋の休憩室から窓の外を見ると、夜の9時から11時ごろ、いつも道の角に立っている中年女性がいるのです。何をするでもなくただ立っている彼女のことがユウキはなぜか気になるのでした。

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

ある夜、その中年女性のことを娼婦だと見なした男が、彼女に声をかけているところに出くわします。男の誘いをかたくなに拒む彼女を見るに見かねて、知り合いのフリをして助け出したユウキ。女性の話を聞くと、「身体を売るために立っているわけではない」と言います。自分の「女としての価値」を確かめるために立っているのだと……。

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

後日、ユウキは彼女に、街角に立つのではなく、画像掲示板に自分の写真を上げることで自分の「価値」を確かめてはどうかと提案しますが、断られます。

 

あなたがここに立ってると… あたし不安でたまらなくなるんです」ユウキの本心は、彼女のことを見たくないから、いなくなってほしいというものでした。それに対して彼女は、立つのをやめるつもりはないと答えます。そして逆に、ユウキにこう尋ねました。「あなたが不安になるのは本当に私のせいなの?」と……。

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眉月じゅん『さよならデイジー』(集英社)より

自分の「価値」に囚われた2人の女性の奇妙な交流を描いたこの短編(前後編)は、これもまたラスト4ページで予想もつかない結末を迎えます。最後に2人が見せた、笑顔のようにも見える複雑な表情の意味とは……これもまた、読者に一面的な解釈を許さない、陳腐な言葉でいえば「考えさせられる」結末なのでした。

 

 

 

この記事の冒頭で、『さよならデイジー』は万人向けではない取り扱い注意の一冊だと書きましたが、その理由は2つあって、1つ目は収録されている作品が『恋は雨上がりのように』『九龍ジェネリックロマンス』のようなエンタメ作品では必ずしも無いからです。『恋雨』『九龍』が直木賞系なら『さよならデイジー』は芥川賞系とでも言いましょうか。エンタメ性ではなくテーマ性を強く突きつけてくる作品集だと思います。

 

そしてもう1つは、「ド直球なシモネタがかなり多い」からです。笑 この記事の中では比較的シリアスできれいめな作品を2つ紹介しましたが、他の作品にはびっくりするぐらい……その……なんというか……下品な漫画が結構あります。下品な漫画が苦手な方にとっては本当に苦痛な本だと思うので避けたほうが無難かもしれません。

 

という、2つの意味で「万人向けではない」一冊なのですが、それでもこうして紹介記事を書きたくなるほど素晴らしい作品集なのです。『恋雨』『九龍』がヒットしたのは偶然ではないと確信できる、眉月じゅん先生の持つポテンシャルをあらゆる角度から実感できる短篇集なので、上記2つの要素が地雷でない方は是非とも読まれることをお薦めいたします。