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【週末イッキ読み推奨】2033年、恋愛が忌避されマッチングによる結婚が常識になった日本。「非-恋愛」の時代を象徴するシェアハウスで突如起きた大量殺人事件、その犠牲者たちの追悼記事を書くことになった二人の女性記者が見たものは……。『ルポルタージュ』は読者の胸の奥底にある隠れた感情を抉り出す

 

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

『極主夫道』など多くの人気作品が連載されている新潮社の漫画サイト「くらげバンチ」にて、4月13日から売野機子先生の新連載が始まることが発表されました!!!!!! やったー!!!!!!

売野機子【公式】 on Twitter: "巨弾新連載、始動!『MAMA』の売野機子が満を持して放つ最新作は、本格ファンタジー! 雪の中を旅する二人の少年、羽のないドラゴン、彼らの旅の目的とは…!?

というわけで本日は、売野機子先生の現時点での長編最新作である『ルポルタージュ』(幻冬舎講談社、全6巻)をご紹介します。本作は日本のストーリー漫画の最先端を行く大傑作という表現が全く過言にならない、本当に素晴らしい傑作長編だと筆者は思っています。

 

 

2033年12月。東京郊外・T市の大規模シェアハウスに男が侵入、住民30人を殺害するというテロ事件が発生します。大手新聞社の社会部に所属する記者・青枝 聖江野沢 理茗は、テロの犠牲者全員のルポルタージュ――彼らの人生についての記事――を書くよう命じられ、被害者の遺族や友人・知人への取材を開始することになります。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

2033年の日本は、「恋愛をするのは非合理的で時代遅れなこと」という風潮に支配されていました。マッチングサイトで性格や関心事、収入、学歴などが自分に見合う相手を見つけ、恋愛という段階を”飛ばし”て結婚する「”飛ばし”結婚」が主流となっており、テロ事件が発生したシェアハウスは恋愛にこだわらない若者が集う非-恋愛コミューンとして世間の注目を集める施設でした。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

関係者への取材を続ける中で、テロ事件の犯人・佐藤が、貧困層の若者を支援するNPO法人から援助を受けていたことがわかります。聖がそのNPOの代表・國村 葉と出会い、お互いに一目惚れのような形で恋に落ちるところから、『ルポルタージュ』の物語は動き出していきます。

 

 

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

ルポルタージュ』では、「恋愛を動機とした結婚」を神聖視する風潮が世間から疑問に思われ始め、逆に「恋愛は非合理的」「恋愛は時代遅れ」という空気になりつつある近未来の日本社会が描かれます。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

「恋愛をするのが当たり前」という価値観から解放され、生きやすくなった人々が多くいる反面、恋愛をしている人が「恋愛脳」「恋愛体質」と蔑まれるような風潮も生まれている……そんな世の中で、聖と葉がどのような関係を築いていくか、が本作のポイントのひとつです。

 

もうひとりの主人公・理茗は、恋愛を前提としない結婚をした両親から生まれ、自分自身も恋愛をしたことがないキャラクターです。取材活動の中で、恋に落ちていく聖をすぐ隣で見ることになる理茗にも、ある心境の変化が訪れます。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

NPOの活動で「食料品」と「美術館のチケット」をセットで若者たちに配っていた葉。食料品だけを受け取り、美術館のチケットは受け取らなかった佐藤のことを、葉は事件が起きる前から気にしていました。彼がそれを受け取らなかった意味について、葉は拘置所の中にいる佐藤とのやりとりを通じて考えていくことになります。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

大手の新聞社に勤めている聖と理茗。彼女らの記事が世の中に光を当てることがある一方で、彼女らの取材活動が、そして時には彼女らの書く記事そのものが人を傷つけることもあります。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

物語や音楽から自分を遠ざけ、心を強固な殻の中にしまいこむことで、記者としての取材活動をすることができていた聖。しかし、恋をしたことによって、彼女の心は脆く、やわらかくなっていきます。それは、大手マスコミで仕事を続けていくには危険な兆候でもあり……。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より


 

 

 

ルポルタージュ』は「善のキャラクター/悪のキャラクター」「善の思想/悪の思想」というような、単純な二項対立の物語ではないといえます。勧善懲悪エンタメを求めて読んだ場合は満足できないかもしれませんが、「どんな物事にも良い面と悪い面がある」「どんな人にも良い面と悪い面がある」というある種とても当たり前な事実を前提として作品の中に落とし込んだ上で、ひとつの物語として成立させることができているのは売野機子先生が稀代のストーリーテラーだからと言えるでしょう。

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売野機子ルポルタージュ -追悼記事-』(講談社)1巻より

「恋愛」についての描き方も単純な二元論ではなく、たとえば世間の風潮になびくような「恋愛をバカにする空気」への反発は物語にしっかりと織り込まれていて「私は恋愛は馬鹿げていないと思う」という聖の思いは強く描かれますが、かといって「恋愛こそが正しい愛の形」ということを主張する作品ではなくて恋愛に依らない愛の形も被害者遺族への取材の中でたくさん描き出されていくわけです。「どっちが正解なんだよ?」という単純思考に陥ってはいけないのです。正解は「どっちか」だけじゃないんだという話だと筆者は思います。

 

ルポルタージュ』を限りなく短い一言で表現するなら「愛の話」になると思います。そしてその掘り下げ方、描き出し方があまりにも上手いので、読んでいると心が滅茶苦茶ざわついてしまう漫画です。普段なら心の奥底に沈み込ませている、自分でも忘れていたような感情が次々と浮かび上がってきて苦しくなってしまうような漫画です。物凄い傑作を読んだ時にしか起こらないような心のざわつきが、この漫画では何回も起きるのです。人間の心を深く描いた漫画が読みたい方に絶対の自信を持ってお薦めしたい作品です。長編漫画でなければ描けないような作品……我々読者から見れば長編漫画を読む喜びに溢れた作品です。

 

 

 

最後に注意事項(?)を。『ルポルタージュ』は当初、幻冬舎の『月刊バーズ』で連載されていた作品ですが、掲載誌の休刊に伴い、講談社の『月刊モーニング・ツー』に移籍した作品です。

 

幻冬舎版『ルポルタージュ』が全3巻、講談社版の『ルポルタージュ -追悼記事-』も全3巻が発売されているのですが、内容的には連続していて、実質「全6巻の作品」なので、まず幻冬舎版を読んで、次に講談社版を読むという順番で読んでいただきたいのです。ただ、幻冬舎版の方は電子化されていないようなので、紙で取り寄せていただく必要がありそうなのですが……そうするだけの価値は絶対にある作品です。

ルポルタージュ  (1) (バーズコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

  • 作者:売野 機子
  • 発売日: 2017/06/24
  • メディア: コミック
 
ルポルタージュ  (2) (バーズコミックス)

ルポルタージュ (2) (バーズコミックス)

  • 作者:売野 機子
  • 発売日: 2017/08/24
  • メディア: コミック
 
ルポルタージュ (3) (バーズコミックス)

ルポルタージュ (3) (バーズコミックス)

  • 作者:売野 機子
  • 発売日: 2017/11/24
  • メディア: コミック
 
ルポルタージュ‐追悼記事‐(1) (モーニング KC)

ルポルタージュ‐追悼記事‐(1) (モーニング KC)

  • 作者:売野 機子
  • 発売日: 2018/10/23
  • メディア: コミック