最強おもしろ漫画紹介ブログ

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【知られざる名作】きみが一緒だったから乗り越えられた――。強気なOLの慧子と、ちょっと天然な大学生の蘭。2011年3月から東京でルームシェアを始めた二人の暮らしを、たくさんの笑いと少しの涙を交えて描く、アキリ先生の意欲作『ストレッチ』は、読めば体も心もほぐれていく静かな名作です

 

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

好きすぎて教えたくない漫画」がたまにあります。あまりにも自分の心を捉えすぎているので、「これは自分だけの宝物」と思っていたいような作品が……。って、もちろん自分以外にも読者はたくさんいるんですけどね。気持ちの問題です(?)。

 

本日ご紹介するのはそんな作品です。2013年から2015年にかけて、小学館のサイト「やわらかスピリッツ」で連載されたアキリ先生による作品『ストレッチ』(全4巻)は、社会人と大学生のルームシェア生活を描いた”百合漫画”あるいは”百合に近い雰囲気を持った漫画”であり、基本的にはリラックスして読めるコメディなのですが、時折胸の奥をぎゅっと掴まれるようなシーンが差し挟まれていく……そんな作品なのです。

 

 

※『ストレッチ』の第1話〜第3話はこちら↓から読むことができます

ストレッチ - pixivコミック

 

 

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

『ストレッチ』の第1話は、小松 慧子の部屋に佐伯 蘭が転がり込んできた、その日の夜のシーンから始まります。

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

1話8ページ程度の短いストーリーで描かれる『ストレッチ』。断続的な場面の連なりで構成されていくこの漫画では、「二人が同居するようになったきっかけ」などは、最初は説明されません。初めのうちは、読者は本編で描かれていない部分を想像しながら読み進めていくことになります。しかし、読んでいくと、どうやら慧子は会社員で、蘭は医学部に通う大学生であることがわかってきます。

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

二人は同じ高校の先輩・後輩という関係性だったようで、慧子はその当時、結構なヤンキーだった様子。

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

一方、医学部に通う優等生・蘭。そんな蘭の趣味はストレッチをすること。蘭は「折角二人で住むんですから」と、先輩の慧子にストレッチを教え、二人で一緒にストレッチをする日々が始まるのでした。

 

 

 

『ストレッチ』は、基本的にはゆるいコメディ作品と言っていいと思います。元ヤンだけれど現在は真面目に働いているちょっと気の強いOL・慧子と、優等生だけれどお酒が大好きで口が悪くてイタズラ好き、でも愛嬌たっぷりの蘭。そんな二人の共同生活をおもしろおかしく、そしてかわいく描いた漫画です。

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

そして、二人が日々、実践している”ストレッチ”について詳しく描かれているのも本作の特徴。もちろんストレッチの教則本とかではありませんが、自宅の一室でできるストレッチを綺麗なイラストつきで学べる漫画、とも言えるでしょう。

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

そんな本作ですが、最初のうちは明かされなかった設定が少しずつ明かされていく作品でもあります。たとえば「二人暮らしに適しているように思える慧子の部屋だが、蘭が来るまで慧子はなぜこの部屋に一人で暮らしていたのか?」とか、「電気が消えている部屋で、ロウソクの灯りだけでストレッチをする回があったけれど、一体なぜ電気が消えていたのか?」とか、読んでいると”少し疑問に感じる点”があるのですが、話が進むにつれて、その理由がじわじわと明らかになっていくのです。

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

ガールズバーでバイトしている蘭ですが、東京の街は薄暗く、客からは「こぉんな時にへらへら働いてよォ」と絡まれます。そして鳴り響くのは、緊急地震速報の警告音

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アキリ『ストレッチ』(小学館)1巻より

少しずつ読者に明かされていくのは、この物語は2011年3月からの一年半の物語であり、この二人は震災をきっかけに同居を始めたということ、そしてこの二人は、東北の海辺の町で生まれ育ったということなのです。

 

地震の前後で、慧子と蘭はそれぞれに深く傷つく出来事がありました。その出来事を、本作は深く掘り下げて描くことはしません。ただ、何があったかはわかるようになっています。そして、本作の主眼はあくまでも、2011年3月に東京で再会した二人の「日々の暮らし」に置かれています。おそらくは、二人の暮らしを描くことで、間接的に震災を描こうとする狙いはあったと思いますし、「2010年代前半の日本(東京)の状況・雰囲気」を作品として残したという点でも大きな意義のある作品だと思います。

 

そして、慧子と蘭……この二人の、恋愛のような恋愛でないような関係性はどこに着地するのか。それは最終話と、コミックス第4巻(最終巻)の描き下ろしエピローグではっきりと描写されています。その結論にたどり着くまでの、過程のひとつひとつが愛おしい。そんな作品なのです。