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【知られざる名作】荒廃した東京を走る、ある列車を守るために戦う少女たち。運命に呪われた、忍びの少年たちの悲しき戦い――漫画界の至宝・伊藤悠先生が1999年〜2008年の間に発表した傑作短篇を初めて単行本化した『歌屑 伊藤悠初期短編集』は、漫画好きの人にこそ読んで欲しい充実の300ページ!

 

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伊藤悠『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)より

いきなり個人的な話をして申し訳ありませんが、もし筆者が「人生で最も好きな漫画」を3作品選べと言われたら、(悩みに悩むとは思うのですが、)20歳前後の頃に出会った、以下の3作を挙げると思います。

 

幸村誠先生の『プラネテス』。

日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』。

そして、伊藤悠先生の『皇国の守護者』(原作:佐藤大輔先生)。

 

そんな筆者の「人生三大作家」のひとり・伊藤悠先生の、初期の作品を集めた短篇集が、2020年2月に発売されました。300ページを超える分厚い一冊の中に、1999年から2008年にかけて発表された作品群がぎっしりと詰まった『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)を本日はご紹介していきます。

 

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伊藤悠『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)より

伊藤悠先生は、1999年に『ウルトラジャンプ』誌でデビューし、主に同誌で活躍されてきた作家さんです。

 

2004年から始まった初連載作品『皇国の守護者』が大人気作品となります。佐藤大輔先生の同名小説を漫画化した作品なのですが、これが物凄い傑作なのです。

皇国の守護者 1 (ヤングジャンプコミックス)

皇国の守護者 1 (ヤングジャンプコミックス)

  • 作者:伊藤 悠
  • 発売日: 2005/03/18
  • メディア: コミック
 

 舞台となるのは龍が棲む、この地球とは違う世界。この地球で言えば「明治時代ぐらい」の文明度の世界で、日本っぽい国<皇国>とロシアっぽい国<帝国>の戦争が勃発します。<帝国>に侵略され壊滅的な被害を受けた北領(北海道っぽい島)で、主人公である軍人・新城 直衛の絶望的な戦いが始まるのでした。

 

皇国の守護者』は、読んだ誰もが心を揺さぶられるような戦記浪漫です。生きて帰れる可能性が限りなく低い絶望的な戦場で、極めて有能な指揮官である新城 直衛があの手この手を尽くし、自分と部下達が生存できる道を希求する物語です。極めて高い画力と原作小説を巧みに換骨奪胎した鋭い台詞回し、読者の心を掴んで離さない鮮やかな演出。そして「何しろこれから戦争ですので」「『まともでいる』という贅沢は後で楽しめ」など一度読んだら忘れられない多くの名言が最高のタイミングで入ってくる、中毒性の高い名作なのですが、原作小説と読み比べればわかるように漫画版オリジナルの設定や台詞がかなりあり、そのことで「漫画としての面白さ」が格段に上がっていることは間違いありません。

 

文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会に推奨され、「マンガ大賞」にもノミネートされるなど人気も充分にあったこの名作は、信じられないことに全5巻で打ち切りになってしまいました。物語の上では第一部が完結し、第二部が滑り出して新キャラも登場したあたりでの突然の連載終了でした。当時、この打ち切りは漫画ファンにかなりの驚きをもって受け止められ、その原因について「編集部と原作者サイドとの軋轢」といった説も囁かれましたが、公式なアナウンスは未だにありません。

 

皇国の守護者』は今では絶版となってしまい、電子化もされていません。原作者(2017年没)の遺族の意向によるものとされています。時代を越えて広く読まれるべき名作がこのような扱いになるのはひどく悲しいことです。正規ルートで購入することが難しい『皇国の守護者』ですが、古本屋等にあれば絶対に買って読むべき作品と言えます。

参考記事:漫画『皇国の守護者』絶版決定の見通し 伊藤悠先生、電子書籍にならないことなど明かす - ねとらぼ

 

さて、『皇国の守護者』の連載終了後、2009年からは小学館ビッグコミックスピリッツ(のちに月刊スピリッツに移籍)で『シュトヘル』(全14巻)の連載がスタートします。これも物凄い名作で、現代日本の高校生・須藤が13世紀の西夏国(タングート)の女戦士・シュトヘルに転生し、蒙古(モンゴル)によって滅ばされようとしている西夏文字を守るために戦う物語です。今思えば、ある意味「異世界転生もの」と言えるのかもしれませんが、そんな軽い言葉で表現したくないと感じる重厚な歴史大作でした。

 そして、現在はウルトラジャンプ誌で『オオカミライズ』(集英社、3巻まで発売中)が連載中です。近未来、中国とロシアに分割統治されている日本で、その境界の非武装中立地帯で戦い続ける「倭狼」(ウォーラン)と呼ばれる者たちを描いたSFアクションで、これもまた非常に読みごたえのある作品です。

 さて、かなり前置きが長くなってしまいましたが、本日ご紹介するのは『オオカミライズ』の2巻と同時に発売された『歌屑 伊藤悠初期短編集』です。

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伊藤悠『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)より

『歌屑』には、『皇国の守護者』連載前に掲載された短篇「黒白」「黒突」「影猫」「影猫II」と、『皇国の守護者』終了後の2008年に掲載された「新線 西部軌道」の合計5作品が収録されていますが、「黒突」と「影猫」はそれぞれ前編・中編・後編の全3話のシリーズなので、1冊の短編集の中に実質9作品入っているようなものになります。電子版ではわかりにくいかもしれませんが、紙版ではかなり分厚い1冊となっています(あとがきまでで数えると318ページ)。

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伊藤悠『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)より

巻頭に置かれている「新線 西部軌道」は、荒廃した未来の東京が舞台。"城市"(山手線内ぐらい?)が外郭と呼ばれる壁に囲まれる中、壁の外側の"西部"地域を走る”西部線”を守り戦う二人の女性乗務員の物語です。

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伊藤悠『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)より

西部線に持ち込まれた秘密の依頼は、外郭の内と外に離れ離れになった家族を再会させること。そのためには、200トンの鉄屑を、城市の中、高田馬場まで鉄道で運ぶことが必要――誇りと未来を懸けた戦いが始まります。筆者は個人的には、髪の”ツヤベタ”など、この美しい絵を見ているだけでも楽しくなってきてしまいます。

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伊藤悠『歌屑 伊藤悠初期短編集』(集英社)より

その他、昭和7年にクーデターを企てた一派とそれを阻止すべく動いた勢力との戦いを描く「黒白」、ある悲しい宿命の下に生まれた忍びの少年の物語「黒突」など、”漫画を読む喜び”に満ち溢れた特厚の短篇集となっています。漫画界の至宝伊藤悠先生の世界に是非、是非触れてみてください!