【知られざる名作】引退して太った殺し屋はかつての敵と再会し、日本の田舎町で暮らすニワトリの親子は徒歩でフランスを目指す! まさかの”週刊”ペースで連載された名作短編11作品を収録した、『もやしもん』『惑わない星』の石川雅之先生による奇跡の短編集『週刊石川雅之』を18年越しに激推しします!
漫画の基本は「短編」だと思います。なぜならどんな長編作品も、だいたい初出時は雑誌に”一話ずつ”載っていくので、短いページ数の中で毎回「面白い」と思わせる技術がなければ「今週面白くなかったな」となり、アンケートなどが低迷して連載が立ち行かなくなる可能性が高いからです。
本日ご紹介するのは、まだ『もやしもん』で大ブレイクする前の石川雅之先生が、2002年から2003年にかけてモーニング誌で「週刊連載」した11作品を収録した短編集『週刊石川雅之』(講談社、全1巻)です。「短編を週刊連載する」というだけでも物凄いことですが、ひとつひとつの短編が面白く、オチも秀逸なところに本作の最大の魅力があります。
時系列順に見ていくと、まず2002年のモーニング35号に短編「彼女の告白」が掲載され、この作品が好評を博した結果、同年の46号から短編の週刊連載が始まり、10作品が連続で掲載された、ということになります。では、それほどの支持を受けた「彼女の告白」とは一体どんな作品なのでしょうか?
「彼女の告白」は、山奥の村で暮らす夫婦のもとへ、東京に出ていった子どもが3年ぶりに帰省してくる、というシーンから始まります。
タクシーから降り立ったのは、髪を茶色く染め、派手な格好をした美女。夫婦は言葉を失いますが、その理由は髪型や服装のせいではありませんでした。なぜなら、今日この家に帰省してくる子どもは、この家の「長男」のはずだったからです。
惹きつけられる出だしから、怒涛の展開が進行していくこの作品はたった18ページしかないのが信じられないほどの満足感を与えてくれます。特にラスト1コマの何とも言えない余韻はすごい! 何度見ても笑わずにはいられません。
「面白い短編」のお手本のような、切れ味の鋭い漫画が11作品収録された『週刊石川雅之』。ここからは、筆者が特に好きな作品を2つ紹介します。
1つ目は、第6話「WILD BOYS BLUES」。この短編の主人公は、殺し屋”キラー・ジョー”。裏社会に生きる彼が、宿敵”タナー兄弟”の命を奪おうとしている……そして、かつてジョーの命を狙ったことがあるミステリアスなヒロインが、ジョーの運命を狂わせていく……そんなカッコいいシーンから始まります。
しかし、そんなカッコいいシーンももう20年前の話。今ではジョーはすっかりカタギになってしまい、「主任」なんて呼ばれています。
でっぷりと太り、頭もハゲ散らかして、殺し屋時代の面影はすっかりなくなってしまったジョー。そんなジョーが、ある日”タナー兄弟”の弟とおでん屋で再会するところから物語が始まっていきます。
読んでいる間、ずっとニヤニヤしてしまう「WILD BOYS BLUES」。ラスト1コマのオチまで含めて完璧だと思います。もしアニメ化したら、ジョー役は山寺宏一さんがいいなあ…笑
2つ目は、第9話「フランスの国鳥」。この短編の主人公はなんとニワトリの親子です。
日本のどこかの田舎町で飼われているニワトリの親子。毎日、人間にエサをもらって無為に暮らす日々に疑問を持ったニワトリの父は、息子を連れて旅に出る決意をします。目的地は、ニワトリを国鳥として愛する国・フランス。
「父ちゃん フランスってどこなの?」「たぶんな……行ってもあの山のふもとぐらいだよ」フランスを目指して徒歩で出発した親子。そんな親子の前に、厳しい野生の掟が待ち構えているのでした。
「フランスの国鳥」は未だかつて見たことがないタイプの漫画です(ニワトリの親子がフランスを目指して旅立つ漫画、今まで見たことあります?)。終盤、このニワトリの親子にカッコいい鷹(鳥の種類に詳しくないのですがたぶん鷹だと思う……違うかも……)が言い放つある台詞があるのですが、それが印象深く、読んでからずっと心の中に残っています。ラストシーンの台詞も最高ですね。ちなみに、『もやしもん』の及川 葉月の高校生時代を見ることができる作品でもあります。
『週刊石川雅之』は2003年に発売された本なので、さすがに新刊書店で見つけることはもう難しいかもしれません。ですが、電子版では普通に入手可能ですし、今読んでもとても面白い短編集ですので、短いページ数の作品にガツン!と衝撃を受けたい人や、スカッと笑える漫画が読みたい人は是非読んでみてはいかがでしょうか。たった1冊でこんなに楽しめる漫画はそうそうありませんよ!