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【知られざる名作】学生時代の小林秀雄が、若き天才詩人・中原中也と出会う! 後に日本近代史に名を残す二人の文学者と、魔性の女優・長谷川泰子との”三角関係”を描いた史実に基づく物語『最果てにサーカス』は、文学作品のフレーズがまるでミュージカルのように織り込まれる、詩情豊かな群像劇!

 

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

小林 秀雄(1902-1983)といえば、『私小説論』『考へるヒント』などの著作で知られる、日本の文芸評論を確立した人物。そして中原 中也(1907-1937)は、「月夜の浜辺」「汚れつちまつた悲しみに」などの詩で知られる、30歳の若さで亡くなった天才詩人です。

小林秀雄 (批評家) - Wikipedia

中原中也 - Wikipedia

 

日本近代文学の巨人と言えるこの二人が、若い頃に知り合い、親しく交友していたことをご存知でしょうか。そして小林秀雄中原中也の恋人を奪うという事件があったことを知っていますか?

 

本日ご紹介する『最果てにサーカス』(全3巻、小学館)は、小林秀雄中原中也、そして魔性の女優・長谷川 泰子らの若き日を描いた、史実に基づく青春群像劇の傑作です。

 

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

大正14年(1925年)春。一浪して東京帝国大学に入学したばかりの青年・小林秀雄は、いずれ文筆で身を立てると決意し、同人誌「山繭」で小説を発表してはいたものの、自分自身でも自分の作品に納得しきれない状態でした。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

「山繭」の仲間たちは「文学で人々に影響を与え、社会をリードしたい」と考えています。一方で小林は、”目的のための文学”は性に合いませんでした。小林は桜の枝を手に取り、呟きます……「ここに美しい花がある。だが、『花の美しさ』というようなものはない」。花はただ咲いているだけで、人のためとか、芸術のためとか、そういうことのためにあるわけではないのだと。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

そこに現れたのが中原中也でした。中也は小林の言葉に同意します。「そう、『花が在る』『美しいと感じる』ただ それだけだ」と。そして、芸術は何かのためにあるのではない、その脆くて儚い芸術を掴むためには生活のすべてを、魂のすべてを捧げなければいけないのだ、と持論を説くのでした。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

中也は、「山繭」の同人である富永 太郎に連れられて、京都から東京へとやってきたばかりでした。このとき18歳。初対面の人間に暴言を吐く、酒樽に顔を突っ込んで頭を洗うなど、その場ですぐに天性のクズっぷりを発揮しますが、詩人としては紛れもない天才でした。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

そんな中也は、小林の書いたものを全て読んでおり「僕は君に会いたかった」と語ります。しかし、中也が評価していたのは小林が翻訳したランボーの詩であり、小林の書いた小説を評価していたわけではありませんでした。

 

初対面の小林に対し「君の小説は良くない。あの中には他人がいないよ。牢獄の中で一人、神経を病んだ作家の姿しか浮かんでこない」と言ってのける中也。その夜、自分のことを見透かされたと感じた小林は「そこまで言うなら、おまえの書く詩ってのは、どうなんだ?」と尋ねます。他人を批判するだけなら誰でもできる、と。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

そう訊かれた中也は、その場に落ちていた洋服のボタンを拾い「ここに、ボタンがひとつ……落ちていた。君なら… どんな詩を作る?」と尋ねます。困惑する小林に中也は言います。「僕は、作れる。詩人だから」と。

 

中也がその場で詠み上げた「月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちてゐた。」から始まる詩を聞いて、小林は衝撃を受けます。まるで自分自身が月夜の晩に波打際に立っていると錯覚するほどの見事さに、小林は「こいつはバカだが…本物の……詩人…」と確信するのでした。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

そんな中也は、大学受験のために上京してきていたにもかかわらず寝坊して受験できず、故郷の山口へ一度帰るのですが、父親を説得して東京に戻ってきます。そして、小林の家のすぐ近くに引っ越してくるのでした。

 

中也の新居を訪れた小林。そこで出会ったのが、中也の恋人・長谷川 泰子でした。中也は、京都で知り合った女優志望の泰子を東京まで連れてきていたのです。

長谷川泰子 (女優) - Wikipedia

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月子『最果てにサーカス』(小学館)1巻より

中也の圧倒的な才能に幾度となく打ちのめされ「一生かかったって… 俺には、こんなものは書けないっ…!!」「中也…俺は… お前が、憎い…」とまで言う小林。その一方で、酒に溺れ、人から金を借りまくるかなりのクズであるはずの中也のことを嫌うことができずにいました。

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月子『最果てにサーカス』(小学館)2巻より

そんな中也の恋人だと頭ではわかっていながら、泰子に惹かれてしまう小林。泰子もある時、中也のもとを去って小林のところへ行く決意をします。その時、中也がとった行動とは……。

 

『最果てにサーカス』のすごいところ、それは小林秀雄を主人公にしたところだと思います。現代を生きる我々から見れば、小林秀雄といえば「批評家のお爺さん」「入試の”評論文”でよく使われている偉い人」みたいな”権威”のイメージが強いです。しかし、この頃の小林秀雄小説家を夢見る貧乏学生でしかありません。そんな小林の目を通して破滅型の天才である中原中也を描き、また中也と出会ったことで成長する小林を描く。この構造によって『最果てにサーカス』はものすごく面白くなっています。

 

(もっと言えば、中也を主人公にしないのが大正解なのだと思います。「変人で天才」のキャラは脇役にするのが一番しっくり来ると思うんですよね。たとえば新選組を描いた作品では、あまり沖田総司が主人公にはならないように)

 

「『花の美しさ』というようなものはない」「月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際に、落ちてゐた。」のような、小林や中也が書いた実在の作品のフレーズが、シナリオの中に自然に織り込まれているのも面白いところです。それはまるでミュージカル作品の中で俳優が突然歌い出す時のように、彼らの作品が台詞以上に彼らの心情を物語るのです。

 

残念なことに、物語がもうこれ以上なく盛り上がってきたところで「第一部完」となり、連載が終了してしまった『最果てにサーカス』。作者の月子先生も、今は別の作品に取り組まれています。ですが、いつか何かのきっかけ(ドラマ化、映画化、アニメ化とか…)で、小林、中也、そして泰子の三人が織りなす物語の続きが読めることを筆者は期待しています。

 

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