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【知られざる名作】成年漫画誌の編集部に突然現れた、「あー」や「うー」しか喋らない謎の新人作家。彼女が持ち込んだ原稿を読んだ編集者は才能を見出し、二人は同棲しながら二人三脚で作品制作を始める――漫画愛が全編に溢れる『あーとかうーしか言えない』は全ての漫画好きに読んで欲しい名作!

 

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

たとえば『ニュー・シネマ・パラダイス』などの“映画をテーマにした映画”、『SHIROBAKO』などの”アニメをテーマにしたアニメ”のように、漫画の世界にも”漫画をテーマにした漫画”が数多く存在し、その中には記念碑的な傑作が何作もあります(個人的には、日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』の名前を一番に挙げたいと思います)。

 

そんな”漫画をテーマにした漫画”の新たな傑作が、本日ご紹介する作品『あーとかうーしか言えない』(小学館、全4巻)です。

2019年から小学館の「裏サンデー」「マンガワン」で配信されていた本作は、”18禁”の成年漫画雑誌を舞台にした物語ではありますが、本作じたいは健全な全年齢向けの作品。それどころか、読者の胸を熱くさせるような、漫画家と編集者の作品制作に懸ける真摯な想いを描いた名作なのです。僭越ながら断言します。本作は漫画好きなら絶対に一度は読むべき作品です。

 

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

タナカ カツミは、東京・水道橋の出版社に勤める24歳。カツミは(自分から望んだわけではないのですが)成年漫画雑誌『月刊X+C』の編集部に所属することになった、一年目の編集者です。

もともと漫画好きだったカツミは、一般誌とは違う成年誌独特の制約に戸惑いつつも、その制約をクリアした先にある”自由さ”に魅力を感じてもいました。「つまり私は、成人漫画のことを好きになりたいんだよね」。そう思いながら働いているのでした。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

ある時カツミは、編集部にかかってきた一本の電話を取ります。電話口の相手が「あー」や「うー」などとしか言わないので、最初はイタズラ電話だと思ったカツミ。しかし、聞こえてくるのが東京駅の構内の音であることに気づき、「漫画の持ち込みのために上京してきた人が電話をかけてきている」という可能性を考え、半信半疑で会社へ案内します。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

数十分後、そこに現れたのが戸田 聖子でした。彼女が持参した履歴書には名古屋在住の23歳、漫画歴は10年くらいと書かれています。彼女は喋ることが全くできないわけではないのですが、言葉を思いつくまでに時間がかかるのだと言います。そのため多くの場合「あー」や「うー」で意思疎通をはかろうとしているのでした。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

聖子が持ち込んだ原稿は、成人誌にしてはやや長い、そしてそのわりに「行為」のシーンが短い、という難点はあったものの、はっきりと魅力を持った作品でした。カツミは、投稿作は新人賞に出すことにし、お金も泊まるアテもない聖子を自分の部屋に住ませることに決めます。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

こうして、新人作家と編集者がルームシェアをしながら作品を制作する日々が始まったのですが……あまり喋らない、言うことを聞かない時もある、でも天才、という聖子との生活は一筋縄ではいきません。雑誌掲載に向けたネームづくりの中でも、聖子の「絶対に譲れない要素」とカツミの「編集者として進言したい要素」をすり合わせる作業は、馴れ合いとは程遠い真剣勝負そのもの。カツミはものすごく疲弊しますが、議論を重ねるほどに作品が良くなっていくのが我々読者からするとおもしろいところ。成年漫画に限らず、我々が日頃読んでいる様々な漫画の裏側にもこのような作者と編集者の試行錯誤があるのだろうな、と他の作品にも思いを馳せたくなってきます。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

聖子の漫画が雑誌に載り、注目を集めはじめると、『X+C』の若手エース作家・NORuSH(野上 良志)とのアンケート対決が企画されるようになります。対決を受けて立った聖子に対し、NORuSHは「僕が勝ったらお願いひとつ聞いてください」と申し出ます。そのかわり「僕が負けたら漫画家やめます」と――。NORuSHにとっては、この対決は絶対に負けるわけにはいかない真剣勝負なのです。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

もともと少年漫画家を志望していたNORuSHは、少年漫画が好きすぎるあまり、既存の作品をなぞるような類型的な作品しか描けなくなっていました。自分をさらけ出さないと通用しない成年漫画の世界で修行することで、少年誌でも通用する作家になることを目指していた彼は、聖子というライバルが出現したことで、さらに自分の限界を超えるような作品を描くようになっていきます。

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近藤笑真『あーとかうーしか言えない』(小学館)1巻より

一方の聖子も、対決企画が始まってからはNORuSHの作品を研究したり、原稿を何度も書き換えるなど、さらに創作のギアを上げていきます。「他の作品に負けまいと相対的な工夫をする事が、作品の向上に大きくつながるんだって思い知りました」とはカツミの弁です。

 

『あーとかうーしか言えない』は、舞台こそ成年漫画の世界ではありますが、そこで描かれているのは「より良い作品を作るためにはどうすればいいか」を日夜考え続け、手を動かし続けている若者たちの群像劇なのです。ストレートに青春物語だと言っても過言ではないと思います。2巻では「二次創作とコミケ」、3巻では「聖子が成年漫画を描くようになった理由」…という風に、描き出される世界はどんどん広がっていきます。

 

そしてもうひとつの大きなポイントとして、この漫画は「編集者」という存在の大きさを実感する物語だと思います。聖子をはじめ才能のある作家がたくさん登場しますが、編集者とのコミュニケーションによって作品がより良い形になっていくというプロセスが入ってくるのが印象的なのです。

 

筆者は最初、『あーとかうーしか言えない』の作者・近藤笑真先生は女性なのではないかと思っていました(※男性のようです)。それはなぜかといえば、本作の影の主人公である編集者・タナカ カツミがあまりにもリアルだから。天才ではない、絵が描けるわけではない、「何者か」になりたいわけではない、わざとらしく浸ったり叫んだりしない、でも作品を良くするために全力を尽くす……おそらく大半の読者は聖子ではなく、カツミにこそより深く感情移入するのではないでしょうか。この作品の中で一番「現実にいそう」と思わせる人がカツミだと思います。

 

最終4巻の終盤で、カツミの生い立ちが描かれますが、この作品は聖子の物語であったのと同じぐらい、カツミの物語でもあったのだということがはっきりわかります。これは一握りの天才のための漫画ではありません。漫画を「読む人」「描く人」全ての漫画好きにお薦めしたい作品です。是非、読んでみてください。

 

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