【週末イッキ読み推奨】両親が事故で急死した15歳の少女は、母の妹に引き取られる。35歳の彼女は、理知的で、そしてとても変わり者な小説家だった――。20歳差、性格も正反対の二人が織りなす同居生活は、周囲の人々も巻き込みながら、ゆるやかに、しっかりと続いていく。ヤマシタトモコの最新作にして最高傑作『違国日記』
この作品のテーマは何だろうか、と考えた時、それは「生活」ではないかと思いました。もっと大きな言い方をすれば「人生」かもしれないですが、それを構成する最小要素としての「生活」をこの漫画は描き続けている、そんな気がします。
本日ご紹介するのはヤマシタトモコ『違国日記』(祥伝社、6巻まで発売中)です。「マンガ大賞」や「このマンガがすごい!」などにもノミネートしている人気作品なので、既に読まれている方も多いでしょう。本作の描写・表現は、もはや文学の域に達しているといっても過言ではありません。それほどの豊かさを内包した作品なのです。
高速道路のパーキングエリアで、停車中の自動車にトラックが追突するという悲惨な事故が起こりました。15歳の少女・田汲 朝は車外に出ていたため無事でしたが、朝の両親はこの事故で亡くなってしまいます。
朝のもとに駆けつけたのは高代 槙生。朝の母・実里の妹であり、朝から見れば「叔母」ということになります。
槙生は、実里とは姉妹仲が悪く、絶縁状態でした。しかし、朝のことまで悪く思っているわけではありません。親戚の間をたらい回しにされそうになっていた朝を引き取り、自宅のマンションで共同生活を始めることを決意するのでした。
槙生と朝。今まで異なる環境で暮らしてきて、性格的にも正反対の二人が突然始めることになった同居生活を丁寧に描いていくのが『違国日記』です。
槙生は35歳で、職業は小説家。時には潔癖すぎると思えるほどに理知的、理性的な性格をしています。見方によっては少し偏屈とも言えるかもしれません。
事故の直後、朝は「悲しい」という感情が起こってきませんでした(朝が現実を受け止め、涙を流すのはずっと後のことになります)。「悲しい?」と訊かれ、わからないと答える朝。すると槙生は言います。「べつにへんじゃない 悲しくなるときがきたらそのとき悲しめばいい」「あなたの感じ方はあなただけのもので誰にも責める権利はない」。
槙生は決して、「聞こえがいいだけの言葉」を言おうとしません。安易な慰めの言葉を口にしてその場を乗り切ろうともしません。時には冷たすぎるように感じられることもあります。しかし、それは槙生が朝と真摯に向き合っているがゆえの選択の結果なのです。朝はそのような槙生の性格に少し戸惑いながらも、持ち前の素直さで正面から槙生とぶつかっていきます。
見た目も性格もカッコいい槙生ですが、一方で極度の人見知りでもあります。料理のレパートリーは少ない、部屋は散らかし放題、電話には出ない、めったに外出しないなど、社会生活を営む能力がほとんどありません。「生き物と長時間同じ空間にいるのがしんどい」とまで言うほどの槙生が、それほど広くないマンションでどのように二人暮らしを続けていくのか……というところも、本作の見どころの一つになっています。
また、槙生の元恋人・笠町や、朝の親友・えみりなど、サブキャラクターたちも魅力的。周囲の人々も巻き込みながら進んでいく二人の共同生活を、『違国日記』はゆっくりと、少しずつ描いていきます。
二人が作る料理のレシピ。買い物の内容。友人たちと交わすLINE。二人の生活のディティールは細かいところまで鮮明に描かれていきます。それは『違国日記』のメインテーマが恋愛でも冒険でもなく、二人の「生活」そのものだからでしょう。
両親が急死した朝にとって、突然始まった槙生の部屋での生活は、まるで違う国の女王のそばで暮らすようなもの。ですが、二人の生活は「誰かと一緒に暮らす」ということの中にある普遍性を浮かび上がらせるようなものでもあります。丁寧に描かれる二人の生活を通じて、我々読者は自分の生活についても思いを馳せることになるのです。『違国日記』は、この現代社会の中で生活する全ての人のための物語だと筆者は思います。