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【週末イッキ読み推奨】将棋は、めしで勝敗が決まると言っても過言ではない! 藤井聡太二冠がプロ棋士としてデビューするよりも前から、「将棋」と「食事」をテーマに連載されていた名作将棋漫画『将棋めし』は、苛烈な勝負の世界の奥深さと楽しさを教えてくれる!

 

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

将棋の若き天才棋士藤井聡太二冠。彼が奨励会三段リーグを突破し、史上五人目の「中学生プロ棋士となることが確定したのは2016年9月のことでした。プロ入り後、各タイトル戦の予選でプロ棋士たちを相手に無傷の29連勝を達成したのが2017年6月。そのことでマスメディアの注目を集めた藤井四段(当時)は一躍、日本中にその名が知られる有名人となりました。

 

テレビのニュースやワイドショーで藤井二冠の対局が報じられる際、必ずと言っていいほど取り上げられるのが「対局中の食事」のこと。「地位やプライドを賭けた真剣勝負に臨む時、人は何を食べるのか」というのは、将棋ファンならずとも誰しも気になる話題でしょう。

 

さて、そんな「将棋めし」について深く、深く掘り下げた名作漫画があります。その名もずばり『将棋めし』KADOKAWA、全6巻)。「どうせ、藤井聡太さんの人気に便乗して生まれた漫画なんでしょ?」と思われるかもしれませんが、そうではないのです。『将棋めし』の第1話が掲載された雑誌が発売されたのは2016年7月5日藤井聡太さんはこの時点ではプロ入り前の「三段」であり、プロ棋士になれるかどうかはまだわからない状態でした。つまり世間で「藤井聡太ブーム」や「将棋めしブーム」が起こるよりも前から、「将棋めし」に着目して描かれ始めていた漫画ということなのです。果たしてどんな作品なのでしょうか?

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

主人公の峠 なゆたは、女性で初めて奨励会を突破し、プロ棋士となった人物です。将棋界は、男性であろうが女性であろうが関係なくプロになれるような制度になっていますが、「女性がプロ棋士になること」は現実世界では未だ成し遂げられていません。(プロ棋士とは別に「女流棋士」という枠組みがあり、その中で活躍しておられる女性はたくさんおられます)

 

現実世界より一足早く「女性プロ棋士」の悲願を達成したなゆたは、7つあるタイトル戦のひとつ「玉座戦」の予選でなんと優勝し、「玉座戦」の挑戦者となります。そして今まさに、「玉座」のタイトルを持つ棋士宝山 貴善とのタイトルマッチに臨んでいる……という状況から、『将棋めし』の第一話はスタートします。

 

将棋はポーカーや麻雀などとは違い、最初からすべての駒がオープンになっているゲーム。将棋の世界に「運」の要素はありません。目の前の相手に勝つためには、相手の思考を上回る思考をするしかない。朝から晩まで、一日じゅう将棋盤の前で極限の思考を続ける棋士たちにとって、「エネルギー補給」は勝敗を決することもある重要な要素なのです。

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

「2勝2敗」の状態で迎えた、「玉座戦」五番勝負の最終局。宝山玉座は、夕食になんと「カツ丼」と「天丼」の同時注文という奇手を繰り出します。何としてもこの一局に勝って、自らが持つタイトルを死守したいという気迫の現れでしょうか。宝山玉座に勝ってタイトルを奪取したいなゆたは、果たして夕食に何を食べて最終盤の戦いに臨むのか。そして、勝敗の行方は…!?

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

中には、こう思う方もいるかもしれません。「対局中に何を食べたところで、結局は『強いほう』が勝つんじゃないの…?」と。しかし、食事の内容が直接、勝敗に関わってくることもあるのです。たとえばこのエピソード。

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

ある日の対局の夕食休憩の時間、なゆたは父親の峠 はじめ八段から、カツ丼のカツを一枚おすそわけされます。このカツ一枚が、勝敗の行方を決めるポイントになったのです。将棋ファンの方にだけ伝わる言い方をすると、「多く食べていたことによって『千日手を打開しない』という決断をすることができた」という意味なのですが……。漫画を読んでいただければわかります。将棋の奥深さと食事の選択とが結びついた神回だと言えるでしょう。

 

一方で、『将棋めし』は盤上の対決だけを描いた漫画ではありません。たとえばこの少女、七窪 奏珠。彼女は、三ヶ月前に偶然ネット中継でなゆたの対局を見て、興味を持ったばかりの新入り将棋ファン

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

聖地巡礼」的なノリで、将棋会館のある東京・千駄ヶ谷を訪れ、将棋ファンの間では広く知られる名店「みろく庵」(素敵なお店だったのですが、残念ながら2019年3月に閉店してしまいました)に入ったところ、何とそこでオフの日のなゆたに会うことができたのです。

 

まだ駒の動かし方もおぼつかない奏珠は、高校の将棋同好会で「そんなんでよく将棋ファンとか名乗れるよね」と、厳しい言葉をかけられてしまったことがありました。そのことを気にしている奏珠に対して、なゆたは「勝負を楽しむことがファンの第一条件」「そこに強さは必要ないですよ」と優しく語りかけます。そして、「もっと食事みたいに将棋を楽しんでほしい」と。

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

もちろんプロ同士の戦いは、地位・信念・名誉・年収などありとあらゆるものを懸けた真剣勝負。ですが、プロ棋士ではないファンまでもが張り詰めた気持ちで将棋に取り組む必要は、必ずしもありません。『将棋めし』は、トッププロ同士の頂上決戦を描きながらも、同時に将棋界のすそ野にいるファンたちの「楽しさ」を描くことも忘れない、そんな将棋漫画なのです。

 

『将棋めし』の作者・松本渚先生は、最初の連載作『盤上の詰みと双葉社、全2巻)から一貫して将棋の世界を描き続けている、根っからの将棋ファン。Twitter等の投稿を見ても、プロ棋士の対局や将棋界の情報を日々チェックしておられるのがよくわかります。『盤上の詰みと罰』も、掲載誌の休刊にともない全2巻という早めの完結となってしまいましたが、筆者にとっては「もっともっと読みたかった!」と心から思う最高の将棋漫画でした。 

盤上の詰みと罰 : 1 (アクションコミックス)

盤上の詰みと罰 : 1 (アクションコミックス)

 

 そんな松本先生の作品の特徴のひとつに、「巻末に棋譜が掲載されている」ということがあります。棋譜、というのは将棋の駒の動きを符号で書いた記録のこと。これによって、作中のキャラとキャラの対決を、自宅の将棋盤の上で再現することができるのです。『将棋めし』を監修していた広瀬 章人八段(「竜王」や「王位」の座に就いていたことがある正真正銘のトッププロです! 大一番で藤井聡太さんに勝ち、彼のタイトル挑戦を阻んだことでも有名です)が作成された棋譜を、広瀬八段の解説つきで読むことができる漫画……なんて贅沢なんでしょうか!

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松本渚『将棋めし』(KADOKAWA)1巻より

藤井聡太さんの活躍に端を発する、史上空前の将棋ブーム。そんな将棋ブームが起こったことにより、最近では漫画界でも「将棋漫画」がたくさん始まりました。とても面白い作品も生まれていますが、中には目を覆いたくなるようなひどいものがあったのも否定し難い事実……ともあれ、そんな「将棋漫画戦国時代」とも言える現在、「将棋ファンが読んでも、そうでない人が読んでも面白い、お薦めの将棋漫画を教えてよ!」と言われたら、筆者はまず第一に『将棋めし』の名前を挙げると思います。王道にして本格、そんな将棋漫画です。是非読んでみてください!