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【週末イッキ読み推奨】将棋の歴史上四人目の”中学生棋士”であり、”現役最強棋士”のひとりである渡辺 明名人。その知られざる私生活を、名人の奥様が描くエッセイ漫画『将棋の渡辺くん』は、社会常識が全然なく、ぬいぐるみを愛し、虫に怯える”渡辺くん”の日々を記録したゆるかわノンフィクション!

 

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)1巻より

将棋ファンであれば、渡辺 明名人を知らない人はいません。日本中から天才が集まるプロへの登竜門「奨励会」を中学生のうちに突破した数少ない棋士のひとりで、現在「名人」「棋王」「王将」の3つのタイトルを保持している、まさに”現役最強”の名に相応しい棋士です。

 

中学生のうちにプロになれた棋士は、将棋の歴史上、羽生 善治九段や藤井 聡太二冠など、たった5人だけ。そんな圧倒的な才能と、膨大な研究量、そして美学よりも勝利を追求するリアリスティックな姿勢から「魔王」とも称され恐れられる渡辺名人の日常を、ゆるかわ三等身キャラで描いたエッセイ漫画があるのをご存知でしょうか。渡辺名人の奥様が自ら執筆している衝撃のノンフィクション作品を本日はご紹介します。

 

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)1巻より

将棋の渡辺くん』(講談社、5巻まで発売中)は、進撃の巨人などでおなじみの『別冊少年マガジン』で2013年から連載されているエッセイ漫画です。著者は渡辺名人の奥様・伊奈 めぐみ先生。

 

正直に言って、本作『将棋の渡辺くん』を読むまで、筆者は渡辺名人のことを「怖い人」だと思っていました。あるいは「冷徹な勝負師」というイメージだった、と言うべきかもしれません。将棋雑誌や、テレビやインターネットの将棋番組に出演している時の渡辺名人は、いわば”オン”の姿。将棋について真摯に語る姿が印象に残ります。

 

では、本作で奥様が描き出した”オフ”の渡辺名人はどんな人かというと……まず驚くのが、あの「魔王」渡辺名人が、ぬいぐるみを愛し、大量のぬいぐるみに囲まれて暮らしているという事実。将棋盤を挟んで、相手の棋士と対峙している時の姿からは想像もつきません。

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)5巻より

将棋名鑑には「好きな動物:犬」と回答している渡辺名人。しかし、犬は犬でも「犬のぬいぐるみ」が好きなのであって、「リアル犬」はむしろ苦手ということが明らかになります。とうとう、久しぶりに会った同級生(おじさん)からぬいぐるみをプレゼントされるほどになってしまったそうです。

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)5巻より

奥様のペンによって暴き出されるのはそれだけではありません。子どもの頃から「棋士になる」と決めていた渡辺名人は社会常識にあまり興味がなく、干支を全部言えなかったり、血液型に何型があるかわからなかったり、鉛筆削りを使えなかったり、鶏肉がニワトリの肉だと知らなかったり……そんな渡辺名人の日常を愛嬌たっぷりに描き出していきます。

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)5巻より

将棋の渡辺くん』は、駒の動かし方を知らない人が読んでも楽しく読めちゃう漫画だと思います。なぜなら、そこに描かれている渡辺名人……否”渡辺くん”がとってもかわいいから。将棋ファンとしては「いや待て……おかしい……この人は天才しか居ない将棋界の中でもズバ抜けた天才……人間離れした最強の”魔王”のはずなんだ…!!」と思うのですが、伊奈先生の巧みな”漫画力”によってかわいいの沼(?)に沈められてしまうのです。

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)5巻より

とはいえ、もちろん「将棋界のできごと」もしっかり描いていく作品でもあります。「タイトル戦ってどんな仕組み?」「棋士の人は、対局がない日に何をしているの?」「棋士は、対局中にどんなことを考えているの?」といったことを、将棋を知らない人が読んでもわかりやすいように描いていただいています。駒の動かし方や戦法・戦術のことが書いてあるわけではありませんが、ある意味将棋入門に最適な一冊なのは間違いありません。

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)5巻より

いまや国民的スターとなった藤井聡太二冠との初対局(2019年2月)についても、公開対局で行われたトーナメント戦の会場の様子や、奥様だから聞ける「対局後の率直な感想」まで、惜しみなく漫画化していただけるので、将棋ファンにはたまらない作品です。対局後の「打ち上げ会場での藤井二冠のエピソード」は、将棋専門誌に載っていてもおかしくないほどの貴重な資料だと思います。

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伊奈めぐみ将棋の渡辺くん』(講談社)5巻より

藤井二冠が初めて臨んだタイトル戦「棋聖戦」(2020年6月〜7月)。その対戦相手が渡辺名人でした。結果は3勝1敗で藤井二冠が「史上最年少タイトル」を奪取することになりました。

まだ単行本化されていませんが、この「棋聖戦」についても、かなり踏み込んだ感想を渡辺名人から引き出し、漫画化されています。将棋専門誌では棋士が自分の対局を自ら解説することがありますが、この回もそれに近い、タイトル戦に臨んだ棋士の「生の声」を読ませてもらえる「神回」でした。

pocket.shonenmagazine.com

 

天才の中の天才、現役最強棋士のひとり、渡辺明名人。その「棋士」としての姿と、ひとりの「人間」としての姿をどちらも克明に描き出した『将棋の渡辺くん』は、将棋ファンにも、そうではない人にもお薦めできるノンフィクション漫画の傑作です。是非とも手にとって、読んでいただけたら幸いです。(なお、カバー裏のおまけ漫画などは電子版には収録されていないので、どちらかといえば紙版で集めることをお薦めいたします)